誤謬日記

祈れ、働け、学べ。

バカロレア幸福論 フランスの高校生に学ぶ哲学的思考のレッスン (星海社新書) を読んで

 

 

哲学は、世界を生き抜くための武器である フランス人は、幸福についてのさまざまな哲学的な立場や議論を学びます。そしてそれを哲学小論文(ディセルタシオン)という「思考の型」に当てはめて、自分なりに表現することを、高校時代に徹底的に練習しています。生きていく中で自分が遭遇した問題や困難をどのように理解すべきか、人生をどのように切り開いていくかを考えるための実践的な道具が哲学なのです。しかし、これはフランス人の専売特許ではありません。誰でも「思考の型」を身につけ、活用しながら、この世界を生き抜いていくことができるのです。われわれもまた、幸福に至る道を見つけるために、哲学すればいいのです。

 

幸福について考える時間が

多ければ多いほど

幸福を感じることができるのではないか。

 

幸福には

個人として幸福と

集団として幸福の2種類あるなんて

哲学や幸福について考えることがなければ

まったく思いつかない視点である。

 

仏教とキリスト教、

どっちが難しいのか。

 

それはキリスト教である。

 

仏教は1人で悟るものだが

キリスト教は愛の宗教なので

他者がいないとできない。

 

個人としての幸福を目指すなら仏教。

集団としての幸福を目指すならキリスト教

といった感じかもしれない。

 

バカロレアの試験対策として

問題文を深く読み、

一つの単語の定義を考え、

哲学者の考えを引用し、

自分なりの考えを導き出す。

 

哲学とはもっと自由なものだと

思っていたが

ちゃんと決まりがある。

 

 

自分の考えた例題

 「自分はいまの仕事をして幸せなのだろうか?」

 

・仕事と幸せは関係があるか。

 

・仕事とは生活費を稼ぐという面がある。

 

・しかし、生活費を稼げればなんでもいいわけではない。

 仕事は人生にとって大きな割合をしめるので

 やりたいことを仕事にしたほうがいい

 

・やりたいことを没頭してやることは

 不幸なことから目をそらす効果があり

 それが気晴らしだとパスカルは言う。

 

・幸せとは快楽だという哲学者もいる。

 

・仕事をしていて快楽はあるか。

 

・仕事が終わったとき達成感としての

 快楽を感じることがたまにある

 

・いまの仕事をしていて幸福を感じることが

 たまにある。

 

この本を読んで疑問に思ったのが

フランスの哲学者であり

幸福論のアランが紹介されていなかったことである。