誤謬日記

祈れ、働け、学べ。

HINOMARUとクリエイターの表現

RADWIMPSは「有心論」や「ふたりごと」などが好きで

前から、よく聴いていた。

 

今回問題となっているのは

RADWIMPSの新曲「HINOMARU」という曲。

 

実際にYouTubeで聴いてみたが

太鼓の音や、祝詞風な歌、

なかなかナショナリズムを掻き立てられる。

 

あまりにも

ナショナリズム的なので

戦争をイメージさせるという批判があり

謝罪することにもなった。

 

www.huffingtonpost.jp

 

 

さらに、軍歌研究の

辻田真佐憲さんまでもが記事を書くこととなった。

 

gendai.ismedia.jp

 

戦争をイメージする軍歌っぽいというのが

批判する人の主な主張である。

 

しかし、戦中は

アクセスできる情報が少ないので

国民全体が洗脳される危険性があるが

いまはインターネットがあり

いろんな情報にアクセスできるので

危険性はあまりないと思うので

あまりにも過剰になりすぎている気がする。

 

しかも、このHINOMARUは

シングルCDのカップリング曲であり

CDを買う人はどんどん少なくなっているなかで

この騒動は異常だと思える。

 

しかし、プロパガンダは

無意識にされているパターンがある。

 

RADWIMPSメンバーの親族に

極右雑誌で執筆していたという情報があり

それが今回の曲と関係しているのなら

ちょっと問題かもしれない。

 

クリエイターが何かを表現する。

しかし、受け手が思いがけない

受け取り方をする。

 

この受け取り方には

ある種の差別撤廃や弱者擁護の観点、

戦争反対など、正しい理念であり

一見もっともらしい意見だと思える。

 

しかし、

それが過剰になりすぎると

表現の自由の侵害になりかねない。

 

悪意がなくても

人を傷つけることはある。

 

しかし、クリエイターが作る作品(アート)とは

人を傷つける暴力的な面もある。

 

ピカソのゲルニカだって

戦争の被害者からみれば

記憶が蘇って傷つくことだってある。

  

クリエイターが作ったものが

予想外に批判されること、

これはもう避けられないのではないか。

 

今回のような

右翼的だというだけで

こんなにも批判される状態が続いていくと

反動で極右的な人が増えていくようにも思える。

 

日本人としてのアイデンティティを批判されれば

ナショナリズムは逆に増大していくのである。