誤謬日記

祈れ、働け、学べ。

聖書入門 (「知の再発見」双書) を読んで 

 

 

本書は6章から成り、

第1章で聖書の成り立ちと特色を明らかにし、

第2章から第4章で旧約聖書、

第5章で新約聖書の内容が紹介され、

第6章では「2000年のあいだ読みつがれて」という標題の下に、

聖書の翻訳と解釈の歴史が説明され、現代に生きるわたしたちにとって聖書が何を意味するかが述べられ、「キリスト教徒であるか否かにかかわらず、今後もわれわれ人類にとって聖書は、つねに普遍的な知恵をもたらし、文学や音楽、演劇など、豊かな芸術作品を生みだす源でありつづけるだろう」という言葉で結ばれています。そのあとの資料篇では、聖書のドラマを形成する重要な聖書の箇所が引用され、さながら聖書の中の聖書といった貴重な読み物となっています。

 

聖書として取り入れられた物語は

意図的なものであるが

なぜ意図されたかを考えることによって

独自の発見がある。

 

昔話(モーセ五書)には神は登場したが

編纂された時期と同じ頃になると

神の話は出なくなる。

 

聖書は神話の物語から

自分たちイスラエルの歴史へと繋がっていく。

 

神話から歴史の物語とは

日本の古事記も同じである。

 

しかし、

古事記は神話から天皇家だけの歴史という流れである。

旧約聖書は神話から自分たちユダヤ人の歴史である。

よって旧約聖書は

自分ごとであり、思い入れが強くなる。

 

聖書や神話は時代によって廃れていく。

ギリシャ神話やケルト神話などあるが

実際の生活や政治などに影響は与えていないので

古代より時代が経つにつれ廃れていっている気がする。

 

しかし、 イスラエル神話は発展し、今も影響を与えている。

 

 

グーデンベルク印刷革命や

科学革命、知識人の登場により

危機はあったが、今も影響を与えている。

 

トランプ大統領の

エルサレムの大使館移転問題も

神話から来ているのである。

 

それと聖書は単なる神話でなく、

詩篇であり歴史書、予言書であり

イエスの物語、パウロ書簡、黙示録。

 

いろんなジャンルがある

バラエティ豊かな本だということ。

 

歴史に興味がある人。

詩に興味がある人。

教会に興味のある人。

それぞれにとって重要なポジションをしめる。

 

そのことが聖書を

飽きさせない作りになっている。