誤謬日記

祈れ、働け、学べ。

ドキュメント72時間「禅寺修行、始めてみました。」 を見て

www4.nhk.or.jp

 

手軽に修行をしたい人々が年に1000人以上やってくる、京都の禅寺。人気の秘密は参加の気軽さ。1泊数千円から好きな泊数で申し込め、インターネット検索で上位に表示されるとあって、プチリセットしたい現代人が後を絶たない。修行生活は朝5時から夜10時まで、食事作法に始まり座禅、作務(清掃)などカルチャーショックの連続。ちょっと過酷な修行で自らを見つめなおそうとする人々の心境とは?

  

禅寺修行をやりたい気持ちはあるが

今回みたいに、ただ瞑想して

仲間とLINE交換するものではなく

滝行や念仏、写経などを

 少し仏教体験が

できるものをしてみたい。

 

禅をやりたいなら

自宅で電気消して

静かにすればできるので

わざわざ京都の寺に行く必要が

あるとは思えない。 

 

今回のインタビューでは

仕事をやめた人や

ちょっとした息抜き、

禅を極めたい人など

様々であった。

 

ちょっとした息抜きならいいけど

社会復帰のためとなると

禅寺修行ではなくて

社会復帰のための施設に

通った方がいいと思う。

 

禅という神秘的な体験をすれば

現実世界の問題が解決されると

思いたい気持ちはよくわかる。

 

しかし、禅を経験しても

気持ちがスッキリするだけで

稼ぐために

仕事はしなくてはいけないし

日常を過ごさないといけない。

 

長期的な禅寺修行は

ときとして害悪になる

可能性があると思う。

 

そのままお坊さんになるのなら

別の修行が必要だが

だらだらと生温い禅寺修行を

長期体験することはオススメできない。

現実逃避だと思う。

 

お坊さんも

寺の経営とか

弟子のマネジメントとか

世俗的なことをやっている。

 

世俗的な日常を

送らないといけないのは

お坊さんも、

禅寺体験者も同じである。